東京高等裁判所 平成9年(ネ)5298号 判決 1998年11月30日
控訴人
白鳥照代
右訴訟代理人弁護士
伊藤安兼
被控訴人
平田博文
右訴訟代理人弁護士
高野長英
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 申立て
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、被控訴人が控訴人に対し、所有権に基づいて原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の明渡しを求める事案であるが、本件建物が被控訴人の所有であり、控訴人がこれを被控訴人の代理人石山廣榮(以下「石山」という。)から使用貸借により借り受けた(以下「本件使用貸借」という。)ことは当事者間に争いがないので、本件使用貸借の期限が到来したか否かが争点である。
二 控訴人の主張(使用貸借契約締結の事情)
1 控訴人は、亡夫の借金を清算するため平成五年一一月八日横浜市内の自宅(土地建物)を売却したが、新たな自宅を確保するため、同月一三日、訴外三把建設有限会社こと高橋哲夫(以下「三把建設」という。)との間で、三把建設が千葉県印旛郡富里町立沢リノ前野<番地略>及び同所<番地略>の土地に在来工法による三〇坪の建物(以下「新たな建物」という。)を建築した上この土地建物を代金三二四五万円で控訴人に売り渡す契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
2 横浜市内の自宅を売却した控訴人は、新たな建物が完成するまでの間住むことのできる住宅を確保する必要があり、そのため本件売買契約締結の際、同契約の仲介人株式会社日吉不動産の取引主任者石山との間で、新たな建物が完成するまでの間控訴人が本件建物に居住できる旨の本件使用貸借契約を締結した(石山は被控訴人を代理して契約を締結した。)。
3 控訴人は、これまでに売買代金のうち一七五五万円を支払ったが、新たな建物は未だ工事着工の予定すら立っていない。
三 被控訴人の主張(期限到来の抗弁)
1 本件使用貸借は平成五年一一月九日ころ締結され、存続期間は契約の日から六か月間と合意された。
2 仮に右合意がないとしても、本件使用貸借契約は新たな建物の建築に必要な期間について無償で貸借するというものであり、右契約締結時からすでに四年以上を経過したことにより期限が到来しているから、本件使用貸借は終了した。
第三 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
第四 当裁判所の判断
当裁判所も、被控訴人の請求は理由があると判断する。その理由は次のとおりである。
一 甲第九号証、第一〇号証、乙第一号証の一、二、第二ないし第四号証、第五号証の一、二、第八号証、第一〇号証、第一一号証の一、第一二号証及び弁論の全趣旨によると、控訴人の主張1ないし3記載の事実を認めることができ、この事実に甲第九号証、第一〇号証及び弁論の全趣旨を合わせると、控訴人は、平成五年一一月一三日ころ、新たな建物が完成するまでの当分の間仮住まいする住宅として本件建物を借り受けたものであり、新たな建物の建築工事に要する期間に限って使用することから使用期間が長期になることは見込まれなかったことやこれが本件売買契約締結に関連して締結されたという事情から、有償ではなく無償で貸借されたものと認められる。この点について被控訴人は、本件使用貸借の期間は契約の日から六か月間とすることが合意されていた旨主張する。そして、被控訴人作成の陳述書(甲第九号証)には、石山から土地の買主が家を建てるまでの六か月間無償で貸すことになった旨の報告を受けて被控訴人がこれを了承したとの部分がある。しかし、その前後の記載と前記認定の事実に照らすと、ここにいう「六か月」とは法的拘束力のある期限の意味ではなく、「買主が家を建てる」のに通常予想される期間をいうものと理解されるから、これをもって被控訴人が主張する期限の合意があったとまで認めるのは困難であり、石山作成にかかる甲第一〇号証もこの趣旨を出るものではなく、ほかにこの事実を認めるに足りる証拠はない。
二 そうすると、本件使用貸借契約は、新たな建物の完成時を返済時期と定めて契約されたものと認めることができるが、本件使用貸借契約の締結時から本件口頭弁論終結時までに既に五年近くが経過しているのに、未だに建築工事着工の予定すら立っていないという事態は、右契約時に当事者が表だって考えておらず予定していなかったものであることは前記認定事実からも明らかであるから、そのような場面において本件使用貸借がどのような合意をしているのかについては、さらに契約締結の趣旨目的等を検討の上判断することを要するものと考えられる。
まず本件売買契約は、三把建設が新たな建物を建築して土地建物を控訴人に売り渡すという契約であり、新たな建物が完成するまでの間控訴人がどのようにして住宅を確保するのかという問題は売主に関わりのない事柄である。したがって、控訴人は売主に対し本件建物の供与を要求できるとか本件建物を当然に使用できるという立場にはなく、前記の事実関係からすると、本件使用貸借は控訴人に対する便宜供与としてされたものと認めることができる。使用期間についても、もともと三把建設が建築する新たな建物の規模、工法からみて建築工事に長期間を要することは見込まれず、貸主の被控訴人はこれを六か月間と想定しており(甲第九号証)、前記認定の各事実と弁論の全趣旨によると借主である控訴人においても短期間の貸借を想定していたものと推認できる。また被控訴人は、本件使用貸借の当時は明治生命保険相互会社に勤務する会社員であり、石山の長女を妻に迎えていた関係等から、昭和六三年に株式会社日吉不動産から三五〇〇万円で買い受けた本件建物(及びその敷地)の管理を石山に任せており、同人から土地の買主が家を建てるまでの六か月間本件建物を無償で貸すことになった旨の報告を受けてこれを了承したが、被控訴人はもとより本件売買契約締結の経緯も知らず、売主の三把建設と同一視できる関係にもなかったことが認められる(甲第二号証、第九号証、第一〇号証)。なお、被控訴人の妻は本件売買契約の仲介人株式会社日吉台不動産及び石山が代表取締役を務める石山興産株式会社の取締役に就任している(乙八、九)が、それ以上に本件売買契約の実質上の売主が石山興産株式会社であるとか、本件建物の実質上の所有者が同会社又は石山夫妻である等の事実を認めるに足りる証拠はない。こうした事実関係を合わせ考えると、本件使用貸借契約においては、控訴人が本件売買契約により取得する新たな建物が通常予想される建築工事期間を相当程度超えてもなお完成しない場合には、その時点で本件建物を返還する旨の合意が黙示的にされていたものと認めるのが相当である。そして、前記のとおり本件使用貸借契約締結時から本件口頭弁論終結日までに五年近くが経過していることに照らすと、本件建物の返還時期は既に到来したというべきである。
したがって、期限が到来した旨の被控訴人の抗弁は理由があり、控訴人は被控訴人に対し本件建物を明け渡す義務がある。
第五 結論
よって、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官新村正人 裁判官生田瑞穂 裁判官宮岡章)